ASEANの成長株、ベトナムの政治体制

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ASEANの成長株であるベトナムについて

引き続き調べます。

 

前回は、ベトナム概論として

ベトナムの国土に関することや

輸出品目、宗教などについて

お伝えしました。

 

前回の記事はこちらです。

→ 『ベトナムとはどんな国か調べてみた
 


今回は<ベトナムの政治>について

見ていきたいと思います。

 

共産党の一党独裁政治だが安定


ベトナムのイメージというのは

政治に関しては民主的な印象でした。

 

しかし中国などと同じ社会主義国

一党独裁なんですよね。

 

なので基本的には言論や結社などの

自由は制限されているわけです。

 

確かにベトナム旅行に行ったときに

ホテルにはベトナム人女性とは宿泊できない

とかいろいろな噂が流れていました。

 

ただ、中国と比べても比較的

緩いのかもしれません。

 

というのも、ベトナムに住んでいる

知人のfacebookを見ても

それほど制限されているようには

見えなかったからです。

 

今度、聞いてみます!

 

で、最高意思決定機関は共産党大会で、

5年に1回開催されます。

 

前回の2011年の大会では

工業化の推進交通インフラの整備などが

方針となったようです。

 

またこれは中国とシステム的には

同じなんですが、一党独裁ではあっても

一人の独裁政治とは違い、集団指導体制

採用されています。

 

言い方はおかしいですが、

ベトナムの共産党はいくらか

民主的な独裁政党と言えそうです。

 

例えば、ズン首相が中心となって推進

してきた新幹線を通す計画は

2010年に否決されたりすることからも

国会議論も比較的活発なようですし。

 

ベトナムの外交問題


ベトナムといって思い浮かぶのは

やはりベトナム戦争でしょうか。

 

米軍が撤退したのは1973年

 

私の生まれが1972年ですので、

記憶にあるわけはありませんが、

私の中ではベトナム戦争という

言葉は頭の中に刻み込まれています。

 

またホーチミンに行った際には

戦争の記念館に寄りましたが、

非常にリアルな展示であったことを

覚えています。

 

そのベトナム戦争をはじめ、

第2次世界大戦当時の宗主国である

オランダからの独立戦争や、

 

その前には中国からの先頭、

そして中国とは1979年にも中越戦争

勃発したりと、

 

ベトナムの歴史もまた、フィリピン同様に

他国からの支配の歴史でもあります。

 

話を戻しますが、ベトナム戦争は

ロシア・中国の社会主義国と

欧米の資本主義国との代理戦争的

意味合いが強かったです。

 

なので、ベトナム戦争後は

ながらく中国との関係だけでなく

欧米との関係も悪化していました

 

またその間に、カンボジアの親中派である

ポルポト政権との紛争もありましたので

ASEANとも、決していい関係では

ありませんでした。

 

しかし、1986年ドイモイ政策を境に

世界各国との関係も改善していくことに

なります。

 

中国とのスプラトリー諸島の

領土問題を除けば、

 

1995年にはASEANに加盟するなど、

ベトナムの対外関係は

改善傾向にあると言えるでしょう。

 

明日は、さきほどのドイモイ政策等の

<ベトナム経済>についてお話して参ります。

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