フィリピンと日本との距離的・心理的親密性

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さあ本日も

「私がフィリピン進出を決めた5つの理由」

をお伝えしてまいります。

 

いまでも亡くなった祖父の言葉を

覚えています。

 

「じいちゃんは戦争の時、

 フィリピンで補給部隊にいたんだぞ」

 

そう、確かにフィリピンと

言っていたと記憶しております。

 

フィリピンは去る太平洋戦争

激戦地だったのです。

 

それだけにフィリピンを訪れる時は

戦争問題にはデリケートになる

必要があると、当初は思いました。

 

しかし現実的には、

私に限っては現地で戦争関係で

気まずい思いをしたことは

1回もありません。

 

戦争の話題になったことは

何度かはありますが、

責められる感じではなかったです。

 

考えてみれば、日本人にとって

アメリカは紛れもなく侵略国家です。

 

でも、イメージとしてのアメリカ人に

私は特に悪い気持ちはありません。

 

もしかしたら、そんな感情に

似ているのでしょうか?

 

何はともあれ、日本人は

フィリピン人には嫌われては

いない気がします。

 

ということで、今回のテーマは

 

【日本との距離的・心理的親密性】

 

心理的な障害の低さについては

今お話したとおりですが、

経済的なかかわりはどうでしょうか?

 

日本はフィリピンにとって最大の援助国

一番指標になるのはODA(政府開発援助)

金額でしょう。

 

少し古いデータですが、

2009年までのODAの累計援助金額

2兆6,203億円にも上ります。

 

これらは主に有償資金協力によるもので、

8割を超えています。
残りが無償資金協力と技術協力と

なっています。

 

技術協力のほうは、わずか7%あまりです。

 

フィリピンに対する2兆6,203億円という

金額は世界第一位で、

日本はフィリピンにとって

最大の援助国となっています。

 

メトロマニラ幹線道路のEDSA通りや

NLEX等の高速道路を走っていると、

 

日本が援助をした旨のことわりと、

フィリピン・日本両国の国旗が

コンクリート構造物に

取り付けられているのを目にします。

 

主要高速道路やLRTなどの高架鉄道は

かなりの割合でODAによる施工だと思います。

 

日本・フィリピン経済連携協定(EPA)

日本とフィリピンは両国間の

ヒト、カネ、モノの移動の自由化

円滑化を図るため、

 

2008年12月11日に

日本・フィリピン経済連携協定(EPA)

発効しました。

 

EPAの発効により、

物品の貿易に関しては鉱工業品分野の

双方ほぼ全ての品目の関税が10年以内に

撤廃される予定です(外務省)

 

フィリピン名物のマンゴーや

バナナ等の農産物の自由化が含まれて

いないのは残念ですが、相当経済の

自由度が増すようですね。

 

人的交流においても

看護師介護士が日本に入ってきています。

 

しかし、この看護師や介護士に関しては

日本語のハードルが相当高いようで

実質機能していないようです。

 

完全に日本側のやる気が

ないように感じられます。

 

この医療関連については

本当に謎ですね。

 

フィリピン人で医師や看護師の

資格を取ったら英語の通じる

アメリカやカナダに行くのが

スタンダードですからね。

 

日本も自前で看護師等が

賄えればいいわけですが

実際のところはどうなんでしょうか?

 

介護士に関しては、

かなりの確率で人手不足になるのでは

ないでしょうか?

 

いまこれだけハードルが高いから

日本人で力のある人は

フィリピンに老人介護施設

作りますよね。

 

それでいざ日本で介護士の人手不足が

限界になってから
「はいフィリピン人いらっしゃい」
ってなったら現地で苦労して

老人介護施設を作った方は

報われません。

 

この人的交流に関しては、

早期に国から、さらに詰めた

ガイドラインが出ることを

期待したいものです。

 

とはいえ全体としてみれば

フィリピン人の対日感情は

良好だと思いますし、

 

経済の交流も盛んだと言えるでしょう。

 

また細かい経済指標については

今後お伝えしてまいります。

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